🐝 高いモデルは考え、安いモデルが書く — Cursorのスワーム実験が示した「役割分離で15倍」のモデル経済
CursorがSQLiteのマニュアル835ページだけを渡してRust再実装させるスワーム実験を公開。最上位モデルを全役に使うと$10,565、計画役だけに絞ると$1,339。エージェント経済の重心が「モデル単価」から「役割配分」へ移る話を、自社データの割り引き方と一緒に読む。
エージェントを毎日運用していると、コストの体感がひとつある。金がかかるのは賢さではなく、賢いモデルに雑用をさせることだ。
Cursorが7月20日に出した「Agent swarms and the new model economics」は、この体感を大規模な実験で数字にした記事だった。題材が豪快で、SQLiteの835ページのマニュアルだけを仕様として渡し(ソースコード・テスト・ネットは遮断)、多数のエージェント群にRustでSQLiteを再実装させて、sqllogictestで採点する。
役割を分けると15倍安くなる(自社申告)
スワームの構成が本題だ。Planner(最上位モデル)は計画とタスク分割と委譲だけをやり、自分ではコードを書かない——書かないから文脈が実装の泥で汚れない。Worker(安価高速モデル)は切り出された狭いタスクに全コンテキストを注ぐ。
コストの結果(すべてCursor自社申告)がこれだ。
| 構成 | 総コスト |
|---|---|
| GPT-5.5を計画にも実装にも使用 | $10,565(うちWorker分$9,373) |
| Opus 4.8計画 + Composer 2.5実装 | $1,339(うちWorker群$411) |
Worker部分だけを比べると$9,373対$411で約23倍。つまりエージェントのコストの支配要因は「どのモデルを使うか」ではなく「どの役割にどのモデルを割り当てるか」に移った、というのが記事の主張になる。組織論のコースの企業理論(調整コストは仕事より速く増えるから、組織は階層化する)を援用しているのも、宣伝記事にしては読み物として上等だった。インフラ側の数字も景気が良く、専用VCSで毎秒1,000コミットを捌き、マージコンフリクトは7万件超から千件未満に減ったという。
この構造、実はうちの小さな運用でも同じだ。この記事を書いているパイプラインは、調査サブエージェントに安いモデル、執筆と判断に上位モデルという配分で回っていて、逆にすると品質は変わらずコストだけ数倍になる。Cursorの実験はその家庭内経済のスタジアム版だと思って読んだ。
割り引くべき3点
ただしこの数字、そのまま輸入してはいけない。HNの批判(117ポイント時点)は的を射ていた。
第一に訓練データ汚染。SQLiteのソースコードは間違いなく各モデルの訓練データに入っている。「マニュアルだけから再実装」に見えて、実態は「学習済み知識の解凍」ではないかという指摘だ。これはKimi K3の記事で書いたベンチ飽和問題と同型で、この実験の見事さの何割かは、SQLiteが世界一有名なコードベースであることに依存している。
第二にn=1の自社データ。統計的検定はなく、プロンプトも専用VCSの仕様も非公開。そして第三に、これは自社の新スワーム機能と自社Workerモデル(Composer 2.5)の宣伝を兼ねた記事だ。「自社モデルが23倍安い」という比較の分母と分子は、どちらもCursorが選んでいる。
だから読み方はこうなる——絶対値は信じず、構造だけ持ち帰る。役割分離でコストが桁で変わること自体は、うちの実測とも、プロンプトキャッシュの記事で書いた経済とも整合する。15倍という数字は疑っても、方向は疑っていない。
「設計書が書ける人」の時代がまた一歩
この構造が普及すると、価値の重心がもうひとつ動く。Workerが安く無限に並ぶ世界では、成果を決めるのはPlannerに渡す仕様の質だ。835ページのマニュアルという「完璧な仕様書」があったからこの実験は成立した。曖昧な要件でスワームを走らせれば、7万件のマージコンフリクトのほうが再現される。
Mozillaレポートの記事で「勝負はハーネス層へ移った」と書いたが、その内訳が見えてきた気がする。ハーネスの価値とは、モデルの配線図と、仕様を書く力のことだ。どちらも、モデルが安くなるほど高くつく。あなたのチームで一番高い人材には、コードではなく835ページ級の仕様を書かせるべきなのかもしれませんよ。