📐 GPT-5.6が凸最適化の30年ギャップを閉じた——ただし「AIが証明した」と言い切れない理由

UC Berkeleyの数学者がGPT-5.6との148分のセッションで、ゼロ次凸最適化の下界Ω(d²)の証明を得たと報告。ただし鍵となるアイデアは本人の10ページのプロンプトに含まれていた。同週のOpenAIのCDC証明発表と合わせ、「AIと数学」の主張をどう読むかを整理する。

読む深さ

「AIが数学の未解決問題を解いた」というニュースは、2025年秋の「GPT-5がErdős問題を解いた」騒動(実態は文献発見が大半だった)以来、まず疑ってかかるのが数学コミュニティの作法になっている。今週はその読解力が試される主張が2つ同時に出た。読み方ごと整理しておく。

主張1: 専門家が、AIを道具に、30年のギャップを閉じた

UC BerkeleyのPhilip Kerger講師(最適化理論)が報告した件。問題は決定的ゼロ次凸最適化——関数の値だけを問い合わせて(勾配は見ずに)凸関数を最適化するとき、何回の評価が必要か。約30年前から上界O(d²)のアルゴリズムは知られていたが、それが最善である証明(下界)が無かった。KergerはGPT-5.6 Sol Proとの148分のセッションでΩ(d²)の下界の証明を得たと報告している。上下が一致し、ギャップが閉じた。

ここまでが主張で、以下が但し書きだ。まず未検証。arXiv投稿も査読も形式検証も、現時点で確認できない。そして本人が誠実に明かしている通り、証明の鍵になった関数クラス(アフィン関数のmax)はKerger自身の約10ページのプロンプトに既に含まれていた。しかも前段には、GPT-5.4や5.5と1年間格闘して失敗し続けた蓄積がある。

HNの辛口な評はこうだ——「gold in, gold out」。金を入れたから金が出た。1年分の専門家の試行と、キーアイデア入りの10ページを「プロンプト」と呼ぶなら、これは「AIが証明した」ではなく「専門家がAIを増幅器にして証明した」が正確な表現になる。下界を閉じるのは上界より質的に難しいという評価もあり、成果自体は本物かもしれない。ただ主語はAIではない。

主張2: 企業が、AIが解いたと、発表した

同じ週の文脈がもうひとつ。OpenAIは7月10日頃、GPT-5.6 Sol Ultraがサイクル二重被覆予想(1970年代からの未解決問題)を1時間未満で証明したと発表した。64並列エージェント+批判役という構成の宣伝も添えて。

こちらは日本語圏でも報道が出ているが、状態はKerger件より悪い。未検証のまま企業発表が先行し、数学者のThomas Bloomからは先行研究を引用していないという指摘が出ている。Erdős騒動の教訓——「解いた」の中身が既知の結果の再発見だった——を踏まえると、査読か形式検証が出るまでは「主張」の棚から動かせない。

2つを並べると、読み方の2軸が見えてくる。検証状態(査読・形式化まで行ったか)と、人間の寄与(誰がキーアイデアを出したか)。Kerger件は後者を本人が正直に開示している分だけ信頼でき、CDC件は両方が不明なまま宣伝だけが先行している。

タオの言う「増幅器」の実例として読む

先日書いたテレンス・タオの記事(27年前のアプレットをAIで復活させた話)で、彼の一貫した立場を紹介した——AIは専門家の増幅器であり、律速は検証である。Kerger件はまさにその実例だ。1年かけて問題の構造を理解し尽くした専門家がいて、初めて148分が意味を持つ。10ページのプロンプトが書ける人にしか、この148分は訪れない。

だから悲観する話でも、逆に「人間不要」の話でもない。数学の道具箱に、専門知識を注ぐと増幅されて返ってくる新しい道具が入った。それだけのことが、発表の書き方ひとつで「AIが数学者を超えた」にも「どうせ誇張」にも化ける。成果の実体は、プレスリリースではなく但し書きに書いてある。この読み方は数学に限らず、来週もその次も使うことになると思います。

元ネタ: https://news.ycombinator.com/item?id=48957779